著者:行方昭夫(なめかた あきお)
タイトル:英会話不要論
出版:文藝春秋
ジャンル:英語教育

行方昭夫氏は1931年東京生まれ。東京大学教養学部イギリス科卒業。東京大学名誉教授、日英言語文化学会顧問。66年、76年に米国へフルブライト留学。英語精読の第一人者。(プロフィールより一部抜粋)

滅多に英語教育関連について書かれた持論書を読むことはありません。近所の本屋さんにイギリス人はおかしい―日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔を探しに行ったけどなくて、そのときちょうど見つけたこの本を買いました。表紙タイトルだけを見て買ったので、行方氏がどういう人物なのかも知りませんでした。(今もそんなに知りませんが。)

31年生まれのわたしの両親より年上の著者が、英語教育についてどれだけ時代錯誤の内容を書かれているんだろうとdisろうと買ってみたら、共感できる部分がいくつかありました。

読みながら気になったところに付箋をつけたら、

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なんだかいっぱいになってしまった。付箋を付けたところからダラダラと感想を書きます。

▶︎ 赤ちゃんの言葉の覚え方とバイリンガル
著書の中で「アメリカの赤ちゃんは文法を知らずに喋れるか」について書かれています。もちろん行方氏は文法を知らずして、英語を話すことはできないと書かれています。わたしも激しく同意します。
わたしがアメリカの赤ちゃんと生活を共にしていたとき、自分の哺乳瓶が欲しいとき、「バーバ、バーバ」と言っていました。「バーバって日本語だとおばあちゃんって意味なんでしょ」とお母さんが言ってたけど、まあ確かにそうだけど、赤ちゃんはきっと”bottle”の発音をしているつもりなんだろうなーって思いました。日にちが経つにつれ、「うぇー、まー、ばーば」のように聞こえてきて、わたしの耳には”Where is my bottle?”と理解しました。だいたい哺乳瓶がなくて泣いているので。最初は1単語から、ママパパのしゃべる文を聴いて、自然と同じことを真似してしゃべるようになるんだと感動しました。

親の仕事の関係で幼少の頃に海外に行かないといけなくなった日本の子供たちの言語能力の管理は、親の責任だと思う。数年で日本に帰国する予定なら日本人学校に行かせたほうがいいし、海外での仕事が長期なら現地の学校に行かせたらいいだろう。二言語や複数言語を同じレベルに保つのも厳しいと想像できる。だからYouTuberのバイリンガールのちかさんのご両親を尊敬しています。結局は親の能力だよね。

帰国子女について他にも書かれていましたが、日本で英語教育を受ける子供たちとはまったく環境が違いますので、帰国子女の言語力については本を読んでください。

▶︎「読み・書き」と「話す・聞く」能力
昔の英語教育を「読み・書き」で、現在の英語教育は「話す・聞く」だと書かれています。昔の英語教育がいつの時代のことなのかよくわからないし、中学校なのか高校なのか大学なのかもよくわからないけど、わたしが中学生だったときも、教科書の和訳が中心だったと記憶しています。でも今の高校生が中学生の頃も、わたしの時代と同じような学習方法だった。今の中学生は内容が薄いと感じる。至れり尽くせりのプリントが配られて書き込むくらいなので、何を勉強するんだろうと不思議なくらい。定期試験もマークシート式になり、「読み・書き」も「話す・聞く」学習もやっていない。何の学習か言うなら、検定向けか。高校受験向けでもないし。中高ともに「暗記型」教科になってしまっています。

行方氏は著書の中で「話す・聞く」は世間一般的に役立つ英語だと思われているが、実際は役に立たず「読み・書き」のほうが日本人には必要な能力だと言われています。

そうなのでしょうか。国際化が進む中、外国人と対等に話す力が必要だと思います。行方氏や、もう外に出て行かないわたしのような大人にはすでに無関係の話です。また「読み・書き」は多くの中高生にとって魅力的ではありません。楽しくないことを続けて勉強していこうとは思いません。どうせ日本で暮らす日本人だし、進級する程度、大学に合格する程度の英語だけでいいと思っているのが今の10代です。
若者が英語に興味を持つきっかけは、英文の和訳や英作文ではなく、ハリーポッターを原書で読む事だったり、洋楽を聞き取れて自分でもうたえるようになることだったりします。また近い将来には英語圏の国に旅行や留学に行きたいと思っている子もいます。

▶︎ 小学校での英語授業と中学校の英語教科書
行方氏は小学校英語については反対意見をお持ちです。私立小学校の英語の授業を参照されています。わたしも私立小学校の英語授業を見ると、まったくと言っていいほど効果が出ていないと思います。1クラス30人超えの授業では、行方氏の言われるとおり、「アールとエルの発音ができるようになる」くらいか「簡単な挨拶を覚える」くらいになってしまうでしょう。使ってる教材もどうかと思うしね。

2003年に採用された中学校の1年生の教科書に掲載された会話文について、中学1年生が学ぶには不適切だと書かれています。
それが、ファストフード店の店員さんとお客さんの会話での、”For here or to go?”と”Here you are.”です。これはちょっと衝撃です。文法は大事だと強く思っていますが、こういった簡単な会話表現まで中学1年で習うにも不適切で、「順序よく修正してほしい」という考えには驚きました。

中学1年生の英語の教科書はもちろん簡単な文法で構成されていますが、現場の学校では先生たちがあまり説明していないのも気になります。

▶︎ 英語を使えるようになる目的は何なのか
本の第2部は訳文の誤訳を中心に書かれています。著者は翻訳のお仕事もされているようで、すごく興味深く読みました。とくに外国人が日本語を英語に訳するときの間違いは面白かった。日本人は当たり前に解釈できる主語の脱落でも、外国人には主語が突然入れ替わると気付かずに誤訳をしてしまうらしい。

和訳をする英語教育を受けてこられて、文法が第一と信じ、英語を使うことといえば翻訳とネット上で契約を交わすことなどが一般的だとされているので、「読み・書き」だけが重要なら昔の英語教育が最適なのでしょう。

わたしはそれだけじゃ満足できません。「読み・書き・話す・聞く」のすべてをわたしの生徒にはさせたい。小学校英語でも、低学年に文法を教えるのはつまらない授業だと思うけど、高学年くらいになれば国語の力があるので、英語の文法を理解する力もついている。小学校英語でいわゆる「英会話」をさせるから時間の無駄なのでしょう。

英語の基本的な文法理解は小学5年生からできるから、簡単なもの(英語)を小学校からしておいて、高校ではもっと伸ばす必要のある他の科目(数学とか理数系)に時間を取ったらいいのではないかと思っています。

英語教室カテゴリで書いた前回の記事にもありますが、英語で表現することがわたしの目標なので、それはもちろん「書く」ことでもあり、そして「話す」ことです。
訳者じゃなくて役者をしている生徒や伝統芸能をしている生徒には、将来国外でも活躍してほしいと思う。それには正しい英語表現を身につけることも必要だ。読み・書きだけだとI told you a lie.やWill youを正しく理解できないみたい。

最後にちょこっとだけdisったけど(冗談通じるといいけど)、行方氏のこの英会話不要論 (文春新書)を読んで、自分の英語力ももっともっと磨き、これから小中高校生の生徒の英語力を、どのように高いレベルに持っていくか熟考するきっかけとなりました。

いつか公立小学校(私立でもいい)の英語授業をdisろうかな。教え方が変わらなければ、6年やっても8年やっても10年やっても日本人の英語力はなにも変わらない。